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上海太郎  作家・俳優・演出家 

1977年京都大学入学時より学内劇団「そとばこまち」で活躍。

「オズの魔法使い」で小劇場ミュージカルの分野を切り開き、
その後「アイスドールを追え」で作家デヴュー。

2作目「メモリアル・トライアングル」で新境地を開拓。
'88年座長の座をかなぐりすて「そとばこまち」退団。
その後中国・インド・ネパールを放浪後、
ニューヨークはブロードウェイにて 
オン・オフの劇場をつぶさに視察する。

人種のるつぼと呼ばれる町で彼は考えた。
「アジアの、そして日本の舞台人として何をなすべきか?」

'89年、台詞を用いずマイムやダンスなどの身体表現のみで
ドラマを作る集団「上海太郎舞踏公司」を旗揚げ。
言語の壁を乗り越え
全世界をターゲットとする旅公演劇団を目指す。

しかし12億の民を持つ中国を意識した
劇団名をつけた途端、天安門事件が勃発。
ターゲットをヨーロッパに変更・・・。

旗揚げ公演「破鏡重円」、
翌'90年「ダーウィンのみた悪夢」を発表。

'91年「ダーウィンの見た悪夢」エジンバラフェスティバルに参加。
「心の琴線に触れるダンスマイム」と絶賛を浴びる。

'92年ロンドンはブリッジレインシアターで
「ダーウィンの見た悪夢」を2週間公演。
また香港フェスで上海のソロマイム「SEX」上演。
国内では「非ユークリッド恋愛学」を発表。
'93年には「ダーウィンの見た悪夢」が
ロンドンヴィジュアルシアターフェスと
アイルランドのダブリンフェスに招待参加。

国内の公演以上に 
海外でのスタンディング・オーベーションの嵐に有頂天になり、
経済的に破綻。

それにもめげず、「Dance」「Body」
「マックスウェルの悪魔」「俳優修行」「パラドックス」と
新作を次々に発表する。

また上海はプロデュース公演にも積極的に勢力を傾ける。

'97年には関西の若手ダンサーを結集し、
「ジャックは箱の中〜ダンスに落ちがあってもいいじゃないか〜」を   上演。

ソロマイムも「A fool on the hill」「Sentimental Journey」
「Eros」「Bad Trip」を次々と発表。

21世紀になり創作がめっきり減ったものの、
2000年の「Rhythm」、'05年の「Scale」などの集団劇、
そしてソロマイムでは'03年の「Avant-garde」、
'06年に「指名手配」を制作。

またベートーヴェンという実在した人物を
モチーフにした芝居「Rhythm」の中で
「運命」の第1楽章に合わせて歌った「朝ごはん」が話題を呼び、
制作したミニアルバムCD「聴くな。」が
ユニヴァーサル・ミュージックから発売。
クラシック界では未曾有の2万枚を売り上げる事件となった。

'06 年より宝塚造形芸術大学舞台芸術コース
(現、宝塚大学舞台芸術領域)教授。
'12 年 宝塚大学を退職。
'09年、劇団名を上海太郎カンパニーと改め、
アイホールにて「Rhythm」を上演し、華麗に再出発。







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